人間らしく育てろ

週末に予選が終わり県大会出場が決まった。1人捻挫で出れなかった子のためにも、市の予選で敗退するわけにはいかない。そういう思いは選手たちにはなく、誰ひとり口にしない。人のことを思う気持ちの成長も能力なのかもしれない。
試合後にバーベキューを行った。選手たちのコミュニケーションに俺は草刈りとバーベキュー道具を事前準備し、当日お手伝いの出来る選手を一人(二人しかいない)連れて買い出しに走った。2つの店で二万円、この値段に相応した価値があって欲しいと選手たちに期待する。
指導者が食べる時間などなく食べる肉もなく、そのことを気づいて口にする者はたったの1名。他は食べ物を供給されるまで待っている。焼き肉のタレすら空の皿で待っている。日頃から命令されて動く生活、全てやってもらっている生活、人間的能力に欠けていることに気付かない親におめでとうと言いたい。
自分のことぐらい出来るように教育し、人を思いやるよう躾をし、会話というツールを使えるよう家庭内で訓練させてから参加させてもらいたい。基準というものも存在するのだ。

16人の子ども達は一気に成長する者と少しずつ成長する者と全く成長しない者のグループに別れはじめている。どのグループか、親のDNAは誤魔化せない。人は進化し続けるもの、10歳くらいで親の能力を越えると聞く。さて遅れてないか?我がチームの子たち。